平成17年6月請願書賛成討論
(◆隅田盛和 議員) 私は亀岡創生会議を代表いたしまして障害者自立支援法に関する意見書提出を要望する請願に対して賛成の立場で討論をいたします。
まず、請願者の基本的姿勢は、障害者がこうありたいと要望してきた点がちりばめられているということで法案自体を否定するものではないことを最初に述べておきたいと思います。その上で、もっと当事者や市町村の現場の意見を十分聞く時間を設けた慎重な審議をして欲しい、このままでは障害者の実際の生活に重大な影響が出る部分について、見直し撤回も頭から否定することなく議論をして欲しいということであります。
行政がサービスを決める措置費制度から自己決定でサービスを選択できる支援費制度に2年前変わりました。このことを契機にして支援費という制度が広く行き渡ってきましたので、今まで措置費制度を使ってこなかった人が福祉サービスを使うようになったのであります。その結果、支援費制度が赤字になりました。これが250億円から270億円と言われる赤字の原因であり、決してサービスの上限が定められないことで、無駄に膨らんだ結果ではないのであります。いままで措置費を使っていた人がサービス利用を増やしたものではなく、制度が広く知られたことによって、使う人が増えたことによるものなのであります。つまり今まで、福祉サービスを必要としていた人が使えることを知らなかったために、使ってこなかっただけのことであります。これは厚生労働省の見込みが甘かっただけのことでありまして、広く福祉サービスの利用が増えたこと自体は決して悪いことではないということを確認しておいていただきたいと思います。
亀岡市の平成17年度当初予算は321億1千4百万円であります。国の予算は82兆円であり、その中の10万人に満たない市一つの予算分だけの不足なのであります。この程度の見込み違いの不足分は、本来、国の予算の中から捻出するべき性質のお金でありまして、いきなり応益負担と称し障害者から徴収しようというのは乱暴で拙速な議論であります。
それでは、介護保険の利用者が1割の応益負担なのに、なぜ障害者の福祉サービスは税から負担しなければならないのかを述べてみたいと思います。
障害者は、好んで障害を持って生まれてきたり、生きている途中で好んで障害者になったわけではありません。当たり前のことです。健常者は、たまたま、頭の中にも、身体にも障害がなかっただけのことで、普通の生活が営め、きちっとした収入がある仕事にもつけるわけであります。しかし、障害者は、たまたま、頭の中か、身体に障害があるために、生活を送るにも多くの苦労を背負い込まなくてはならないし、きちっとした収入のある仕事にもなかなかつけないのであります。障害者も、各種の保険料や税金も払いたいと思っております。障害があるために、十分な収入のある仕事に就けないから、払えないだけのことなのであります。
これに対し介護保険は、基本的に収入がある人、あった人を想定しています。納める人がいて、使う人がいる。その関係で使う人に、応益負担を求めても合理的なわけであります。納めた分の範囲で、使う分が決まってくるからであります。これが保険制度なのであります。
障害者の実態は、私が一般質問で何度も述べておりますが、95%が低所得者であります。具体的に申せば障害者の多くの人が障害基礎年金を収入の中心としております。一級で月額8万3千円でありますが、数からいえばわずかであります。ほとんどが二級の6万6千円であります。
皆さんは作業所などの障害者授産施設で働くと、どのくらい給料が出ると思われますでしょうか。だいたい月1万円程度であります。法案の中で低所得者救済として自己負担の上限が議論されております。これは所得80万円までの市民税非課税世帯で月額1万5千円、所得約300万円までの均等割負担世帯で月額2万4千5百円であります。この自己負担ということも自己と言いつつ、利用者本人だけでなく家族にも負担が行く点で、実は問題点でありますが、この点は請願が、敢えて論点を絞るために、この点に触れずに出されておりますので、こういう問題点もあるんだなということを頭の隅に置いておいていただくだけで結構であります。
6万6千円+1万円×12ヵ月は91万2千円であります。控除等がありましても概ね所得が80万円を越えてしまいます。そうなると負担の上限は月額2万4千5百円になります。考えてみて下さい。月7万6千円の収入で負担が2万4千5百円であります。どうやって生活するんでしょうか。
しかも、障害者の福祉サービスは、健常者が何の負担もなしに生活するレベル、ざっくばらんにいえば人並みの生活をするために必要なサービスであって、贅沢や楽をするためにサービスを使うわけではないのです。「サービスにはお金を払うのが当然だ」といった議論が成り立つ前提があるのでしょうか。やっと人並みなレベルになるための部分の福祉サービスに自己負担の議論が必要なのでしょうか。
お金はあればあるほど嬉しいものですが、障害者の福祉サービスは、利用者にとってはあればあるほど嬉しいというサービスではありません。誰でも自分のことは自分でしたいのでありまして、他人のお世話にならなくてはならないことは、最低限の人並みの生活レベルまでの援助でありまして、そう考えると支援費がやたらに膨れ上がる性質のものではないことが分かるのであります。
もう一つ「認定審査会」でサービスの可否や量を審査することも問題であります。これはサービスを抑制しなければならない介護保険制度にならったものでありますが、介護保険制度とは制度の性質がそもそも違いますので、サービスを抑制しなければならない根拠がありません。医療制度を見て欲しいと思います。健康な身体に戻るための医療サービスでありますが、障害者は人並みの生活に追いつくための福祉サービスであります。どちらも、マイナスからスタートラインにつくためのサービスです。医療サービスは事前に可否や量を審査されるでしょうか。これも問題点を指摘するにとどめておきます。
障害者の医療負担にしても、サービスの応益負担にしても、いま障害者の多くの人がいくらで暮らしていて、そこに1割負担が加わるどういう結果をもたらすのか。こういうことを具体的に考えてもらった上で判断をしていただきたいと思います。 以上賛成討論といたします。
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